サンタスティックな生き方

2010年6月にサンタさん営業に出逢い、営業がますます好きになりました。 その年の暮れに一枚のFAXが流れてきました。 それは、あるお客様からの注文書でした。 これまでだったら、冬期休暇に入っているのに、手配できんやろ! でも、この時はなぜかラブレターに見えたのです。 注文書なんて来るのが「あたりまえ」が「ありがとう」に変わった瞬間でした。 この年、会社は創業以来、最高売上を達成しました!

2020年09月

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致知出版社偉人メルマガより
ヘレンケラーが絶賛したある日本人の人生。
「一念、道を拓く」
その少女の足に突然の激痛が走ったのは三歳の冬である。
病院での診断は突発性脱疽。
肉が焼け骨が腐る難病で、
切断しないと命が危ないという。
診断通りだった。

それから間もなく、
少女の左手が五本の指をつけたまま、
手首からボロっともげ落ちた。
悲嘆の底で両親は手術を決意する。
少女は両腕を肘の関節から、
両足を膝の関節から切り落とされた。

少女は達磨娘と言われるようになった

少女七歳の時に父が死亡。
そして九歳になった頃、
それまで少女を舐めるように
可愛がっていた母が一変する。
猛烈な訓練を始めるのだ。

手足のない少女に着物を与え、
「ほどいてみよ」
「鋏の使い方を考えよ」
「針に糸を通してみよ」。

できないとご飯を食べさせてもらえない。
少女は必死だった。
小刀を口にくわえて鉛筆を削る。
口で字を書く。
歯と唇を動かし肘から先がない腕に
挟んだ針に糸を通す。
その糸を舌でクルッと回し玉結びにする。
文字通りの血が滲む努力。
それができるようになったのは
十二歳の終わり頃だった。

ある時、近所の幼友達に人形の着物を縫ってやった。
その着物は唾でベトベトだった。
それでも幼友達は大喜びだったが、
その母親は「汚い」と川に放り捨てた
それを聞いた少女は、

「いつかは濡れていない着物を縫ってみせる」

と奮い立った。

少女が濡れていない単衣一枚を
仕立て上げたのは、十五歳の時だった
この一念が、その後の少女の人生を
拓く基になったのである。

その人の名は中村久子。
後年、彼女はこう述べている。

「両手両足を切り落とされたこの体こそが、人間としてどう生きるかを教えてくれた最高最大の先生であった」

そしてこう断言する。

「人生に絶望なし。
いかなる人生にも決して絶望はない」
真我の実践、真我の和解、真我の拡散

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サンタさん営業で知り合ったTさんから

絵はがきが届きました。

秋空に映えるコスモス。

花言葉は「調和」「謙虚」。


新型コロナの影響で保険の仕事が出来ず

農業や林業のアルバイトをしながら食い

繋いでいます。


早く新型コロナが終息し、思いっきり保

険営業が出来る様になりますように!


真我の実践、真我の和解、真我の拡散!




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昨日は久しぶりに叔母と一緒にお弁当を

食べました。

81歳になる叔母は、骨粗しょう症による

腰椎の圧迫骨折と認知症の進行で一人で

生活は出来ません💦

日曜日以外は、デイケア通いで夕食と入

浴を済ませて帰宅します。

夜と日曜日は、娘二人が交代で介護して

います。

叔母は、認知症はかなり進んでいるので

すが、認定は要支援2なので、二人の娘

は金銭的にも、肉体的にもかなり追い詰

められています。

でも、認知症が進んでいる叔母は、誰に

も迷惑はかけていないと言い放ち、娘へ

の感謝の言葉はありません💦

真我の実践、真我の和解、真我の拡散!



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昨日は、くぅと7回も散歩に行った。

一昨日から体調を崩し、食事をせずに

お腹はピーヒャラ💦


でも、今回はちゃんと便意を教えてくれ

たので、お漏らしはなかった。


夕方、病院でいつもの点滴をしてもらっ

た。

これでまた、元気を取り戻してくれるで

しょう!


腎臓に負担のかからない食事を食べてく

れると一番いいのですが、腎臓食には、

見向きもしません😥


腎臓に良くないタンパク質や脂肪が大好

きなのです。


父を思い出します。

糖尿病があるので、食事を制限していま

した。


父の好物は、漬物や佃煮や塩辛といった

味の濃ゆいものばかり。


全て禁止していましたが、最後はそれす

ら食べれなくなってしまいました。


今思うと糖尿病が多少酷くなっても好き

なものを食べさせてあげれば良かった。


何も食べれなくなって衰弱死するよりま

し!

くぅには、命と病気のバランスを取りな

がら長生きさせてあげたい。


真我の実践、真我の和解、真我の拡散!





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クリニックのカウンセラーになった当初

は、1名の方をずっと担当させていただ

いたので、変化をずっと観察することが

できました。

その変化の過程が楽しみでもあり、やり

がいを感じられました。


ところが、患者さんが増え始めてから、

個人を担当することが出来なくなり、体

道がメインになりました。

以前と比べると何か物足りなくて、やり

がいを感じられなくなりました。

そんな時に始めたのが体道カウンセリン

グです。

体道をやって感想を聞きながら、カウン

セリングをします。

患者さんとの距離が縮まり、相手の方と

心から体道を楽しむことができるように

なりました😃

真我の実践、真我の和解、真我の拡散!




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