「非行少年から立ち直ったきっかけ」
       
       
  西村滋(作家)
        
        
『致知』2011年6月号
特集「新生」より
http://www.chichi.co.jp/episode/2946.html

人間力を高める致知出版社のブログ-6

▼特集ページサンプル

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人間力を高める致知出版社のブログ-4


僕は幼少期に両親を結核で亡くしているんですが、
まず母が六歳の時に亡くなりました。
 
物心のついた時から、なぜか僕を邪険にして邪険にして、
嫌なお母さんだったんですよ。
散々いじめ抜かれて、憎まざるを得ないような母親でした。


これは後で知ったことですが、
母は僕に菌をうつしちゃいけない、
傍へ寄せつけちゃいけない、という思いでいたようです。
 
本当は入院しなきゃいけない身なんですが、
そうなれば面会にも来させられないだろう。
 
そこで母は、どうせ自分は死ぬのだから、
せめてこの家のどこかに置いてほしいと父に頼み込み、
離れを建ててもらったそうです。

僕はそこに母がいることを知っているものですから、
喜んで会いに行く。するとありったけの罵声を浴びせられ、
物を投げつけられる。
 
本当に悲しい思いをして、
だんだんと母を憎むようになりました。
母としては非常に辛い思いをしたんだと思いますよ。


それと、家には家政婦がいましてね。
僕が幼稚園から帰ってくると、
なぜか裏庭に連れて行かれて歌を歌わされるんです。
 
「きょうはどんな歌を習ってきたの?」と聞かれ、
いくつか歌っていると「もっと大きな声で歌いなさい」
なんてうるさく言うから嫌になったんですがね。
 
これも母が僕の歌を聞きながら、成長していく様子を
毎日楽しみにしていたのだと後になって知りました。


僕はそんなことを知る由もありませんから、
母と死に別れた時もちっとも悲しくないわけね。

でも母はわざとそうしていた。
病気をうつさないためだけじゃない。

幼い子が母親に死なれて泣くのは、
優しく愛された記憶があるからだ。
憎らしい母なら死んでも悲しまないだろう。
 
また、父も若かったため、新しい母親が来るはずだと
考えたんでしょうね。
継母に愛されるためには、実の母親のことなど
憎ませておいたほうがいい、と。
 
それを聞かされた時は非常にびっくりしましたね。


私がそれを知ったのは、
孤児院を転々としながら非行を繰り返し、
愛知の少年院に入っていた十三歳の時でした。
 
ある時、家政婦だったおばさんが、
僕がグレたという噂を聞いて駆けつけてくれたんです。
 
母からは二十歳になるまではと口止めされていたそうですが、
そのおばさんも胃がんを患い、
生きているうちに本当のことを伝えておきたいと、
この話をしてくれたんですね。

僕はこの十三歳の時にようやく立ち直った、と
言っていいかな。あぁ、俺は母に愛されていた子なんだ、
そういう形で愛されていたんだということが分かって、
とめどなく涙が溢れてきました。


福岡講演会まであと19日❗️